

1978年早稲田大学大学院博士課程単位取得満期退学。同年(株)日立製作所入社、中央研究所に勤務。1988年同社デザイン研究所に異動。1996年より静岡大学情報学部教授。2001年9月、文部科学省メディア教育開発センターに教授として赴任。ヒューマンインタフェース、特にユーザビリティを研究するなかから、ユーザー工学や人工物発達学を提唱するに至った。現在、学校法人放送大学 メディア活用・遠隔教育センター 教授、国立大学法人総合研究大学院大学 学長特別補佐、文化科学研究科 メディア社会文化専攻 教授


ユーザビリティとUXという概念は、世間で混同されている傾向があります。そもそもUXとは何に関するものであるか、ということを考えるとその辺が整理されます。まず、ユーザビリティというのは品質特性なんですね。Quality of Use、Quality Characteristicsとも言われます。ところが、UXというのは、あくまでユーザーの主観的な経験であって、ユーザーの側の話です。
従来の考え方では、ユーザビリティを良くしよう、つまり物の品質特性、あるいは客観的に測定されるような側面を良くしようとすれば、例えばエラーが起きないようにするとか、操作時間が短くなるとか、そういった形でユーザビリティを上げていけば、結果的にユーザーは満足すると思われていました。しかし、その考え方には保証が無いのです。品質を高めてゆけばユーザーが満足するという保証はない。だったら、もっとダイレクトに、ユーザーの経験を良くすることを大目標にして、そのための一つとしてユーザビリティを考えていった方が良いだろう、ということです。要するに、物の特性を向上させていくのは、それはそれで良いんですけれども、それだけではユーザーの満足感や経験の水準が向上するという保証がないわけです。
ということで、目標をユーザーの方に移した。そう考えてみると、ユーザビリティというのはUXに影響する要因の一つではあるけれど、一つにすぎないともいえる。一つに過ぎないんだけれども、非常に大きな一つではあるわけですね。そういうふうに考えられるだろうと思います。
また、僕は「満足感」という概念を良く使うのですが、それは、UXの大きな集約的な指標だと思っています。UXというのは日本語に訳すと「ユーザー経験」です。「ユーザー体験」と訳す人もいますが、要は何のことを言っているのかはっきりしないんです。ユーザーは日常生活の中で色々な物を知覚したり、認知したり経験したりしますよね。ユーザーエクスペリエンスという言葉は、そうした多様な経験そのものを意味します。いいかえれば、それが良いものである、あるいはそれを良いものにしていかなければならない、といった方向性が見えないんですよ。反対に「満足感」という概念には、“満足感を高める”というように、方向性がありますよね。だから僕は相変わらず「満足感」という言葉を使っているんです。
従って「満足感」というのは、実質的にはUXに近いというか、UXを導く方向性であると考えています。それまでにも「Pleasure(快適性)」とか「Meaningfulness(有意義性)」とか色々な言葉を考えましたが、「Pleasure」だけじゃ小さい。「Meaningfulness」というのは確かに格好良い言葉ですが、人は全ての場合において有意義であることを求めているわけではない。何気なくやっていることもある。また、暮らしが右肩上がりで向上していくことを求める人も多い一方で、フラットな生き方、今の状態が維持できればそれで満足する、あまり高いところにある意味性を求めない人もいる。そういう意味で、UXの指標としては、今のところ「満足」というのが一番しっくりするかなと思います。
ちなみに、最近、UXの解釈として、「おもてなし」という言い方をする人もいるようですが、「おもてなし」だと、またモノの側に戻ってしまうんですよ。例えばゴージャスにおもてなしをすれば良いのか、シンプルにおもてなしをすれば良いのか、それはユーザーの特性や状況、気分によって変わりますよね。素っ気なくされても構わないときもあるし、コテコテにかまって欲しい時もある。そんなわけで「おもてなし」という概念はUXとの相関性が低いと僕は思っています。モノの特性ではなく、ユーザーの側に行く、ということを注意しておかないといけません。ユーザビリティにしても何にしてもそうなんですけれども、サービスを提供する側の「独り善がり」になってしまう危険性があります。つまり、ユーザビリティテストをやって、エラーが出なくなった、それで良いでしょ?あとは知らないよ、ということになりかねないんですよ。

新しいトピックとして注目しているのは、僕が最近提唱している「人工物発達学(Artifact Development Analysis)」です。色々な物事には合理性と、文化とか伝統とか習慣などによって規定されるような非合理性との両面があって、その拮抗関係があります。
例えば、ある目標を達成しようとしたときに、一般には色々な手段があるわけです。その中からどれを選ぶかという時に、ユーザビリティの考え方だと合理性が強いんです。信頼性にしても、いわゆる品質特性みたいなものを考える科学的なスタンスというのは、やはり合理性の考え方です。しかし、ユーザビリティが高いものを作ったからといって、使ってくれるわけではない。なぜなら人間というのは普段の習慣で馴染んでいるもの、あるいはその国・文化圏の文化風土で良しとされているものを重んじる、もしくは無意識のうちに影響されているという側面があるからです。その価値観から見て、良いと思える、あるいはその価値観に単純に合致していると思えるだけで、人はそれを使ってしまうことがあります。
単純な話だと、お箸の問題。韓国の金属箸は平たくて、木や竹の箸に比べると重い。僕なんかが使うと、重くて操作しにくいわけです。韓国の人に聞いても、何人かは「重くて使いにくい」「日本の木の箸の方が操作しやすい」と言うのですが、韓国に実際に行ってみると、みんなそれを使っている。結局それは、文化・風習だからですよね。だから、ユーザビリティという科学的・合理的な観点からすると、木や竹の箸の方が良いのだけど、それだけで人間の行動は決まらない。
それからお箸でいうと、もう一つあって、箸の向きの話。日本では箸を横に置きますが、韓国・中国では縦に置きます。効率性・ユーザビリティの観点から見ると、韓国・中国の方が明らかに良いんです。どうしてかというと、1回で持てるからです。ところが日本では、お作法があって、まず右手で取って左手で取って、右手を下から入れて…と3アクションある。1対3なんです。実際、日本人でも、箸置きがあるのに横に置かないで縦に置いている人がいっぱいいるんですね。皆さん知らず知らずのうちに、そういう文化・伝統を破って、合理性の方を選択しているんです。西洋人が日本に来たときも、やっぱり縦に置くんですよ。「どうして?」と聞いたら、「いや、この方が効率が良いじゃないか」と。西洋的な合理主義ですよね。そういう意味で、合理性が強く人間行動を規定している場合もあるわけです。
文化の規定性というのは、ユーザーのエクスペリエンス、あるいは満足度に影響すると思うんですが、それが持っている規範力、締め付ける力が強いときは、それに従うことが満足感を高めるんです。ところがそれが弱くなって、例えば先ほどの日本の食事のお作法のように、箍(たが)が緩んでくると、自分にとって合理性が高いものに価値を置くようになります。いちいち箸を横に置いて3アクションで取りなさい、なんて、飲んでいるときだったら怒り出すかもしれない。それは満足感を与えていない、ということなんです。
そういう意味で人工物発達学の観点というのは、ユーザビリティとか満足感に関係しているなと思っていまして、もう少し突き詰めていきたいなと考えています。

僕がNAVERについて思っているのは、「NAVERは本当に検索を目指しているんだろうか?」という点です。NAVERのサイトを見ていて感じるのは、情報の「探索」をきっかけに、情報の提供をしていくことに価値を置いているんじゃないかなということです。NAVERは単なる検索ではないと思っているんですね。そこは非常に細かい違いのようで、実は大きな違いだと思います。一般に「検索」といった場合には、ロジカルな側面が出てきますので、精確なヒット、的確な検索といったようなことが望まれるわけで、似た言葉が入っているけれども、文脈的に違うようなサイトは弾いてしまうような処理が望まれます。そういうことはGoogleやYahoo!がよくやっていることだと思うんですが、NAVERがさらにやろうとしていることは「ちょっとしたきっかけを与えてみると、そこから色々なものが湧き出てくる」といった楽しさや豊かさを提供しようとしているのかなと。これは一般的に従来持っている「検索」に対するイメージとは異なります。
例えば仕事で何か調べたいときに使う検索エンジンというのは、パッと直線的に結果を表示してくれないと困ります。しかし、ちょっと何か音楽でも聴きたいけど、どんな音楽を聴こうかな、といった「モヤモヤ」とした期待感があって、それに対する答えを求めている場合。それも一種の検索です。「情報探索」と言ってもいいかもしれません。そういうときに答えてくれるものっていうのはGoogleではないんです。Googleというのは、ある程度答えを予想していて、ただ、それが特定されない、特定されないものを具体的なURLなりの形で提供してくれる、そういう意味での直線性なんです。そういう意味で、「モヤモヤ」としている期待感に答えてあげるところをNAVERは意識的に、あるいは無意識的に目指しているような気がします。一方でユーザー全てがいつも「モヤモヤ」しているかというと、そんなことは無いわけです。日本国内で考えてみると現在はGoogle・Yahoo!が席巻していますが、いつも直線性ばかりではなくて「モヤモヤ検索」をしたいというニーズが満たされなくて不満に思っているユーザーがいるかもしれません。何が言いたいかというと、パソコンに人が向かうときに、どんな状況で、何を期待して、何を求めているか、結局それに拠るのかなという気がします。
人間性ということを軸に考えると、人間というのは、文化・民族・人種によらず、ある程度共通のものと、文化によって変わるものがありますが、「モヤモヤ」したところというのは、例えば「何かしたいな」とか、「何か欲しいな」といった「何か」的な感覚です。それは割と人類に普遍的な感覚かなと思います。そういう意味でGoogle、Yahoo!的な検索エンジンと、NAVERが狙っている方向性の情報探索サイト、これが世界中でほぼ同じ比率で占めていく可能性があります。
NAVERの「モヤモヤ検索」というのは、目標がはっきりしていない場合もあるだろうし、一個のものから芋づる式に色々検索をしたいというようなこともあると思います。例えば、あるミュージシャンの話を聞いたら、その音楽も聴いてみたいし、その動画も観てみたい、というような。そうするとYouTubeというのは、Googleから飛ぶことはできますが別のカテゴリーです。これが最初から一緒になっていれば、色々な形でアーティストなり、ミュージシャンのことを楽しむことができる。ときにはWikipedia的に、そのミュージシャンがいつ生まれて、星座がこうで、というのを知りたい人もいるかもしれない。そういうのが一緒くたになっているというのも、一種の「芋づる検索」です。芋づるだと、「芋」を辿らなくてはいけないですが、それが一個に出ていれば、お皿の上に一杯盛られているみたいで、非常に楽しくて…というようなこともあると思うんですね。だから「モヤモヤ」といっても、明確に色付けされたものが極彩色にお皿の上に並んでいるようなモヤモヤもあるのかなと思います。「あいまい」ということと必ずしも一致しない気がしますね。


NAVERは、今色々と実験をしていると思うのですが、ある意味では危険な実験もやっている。これが皆さんに慣れ親しんでもらえれば使ってもらえると思いますが、それまでは結構お客さんが付いてくれないというリスクがあります。その実験は結構やばい可能性もあると思います。
Googleも、初期にはあまりにシンプルな画面は冒険すぎると言われていましたが、あの検索窓に入れるものは1個しかないという点で非常に分かりやすいインターフェイスにはなっていると思います。また、サービス一覧を押すとバーっと出てくるので、最初の顔と裏の全ての顔を上手く使い分けていると思います。
比喩的にとると、Googleは1個1個のサービスがかなり本格化していて全体としての網羅性も高いと思います。一方、NAVERは1個キーワードを入れることによって関連するサービスが1つの画面の中にたくさん出てくるという点が特徴だと思います。その点で、起動画面(トップページ)にはもう少し検討が必要だと思います。この画面からは、何をすればどういうことがおきるのか、そもそも何をすればいいのかが直感的に分かりません。NAVERは何なのかが分かる、ということが必要です。
NAVERという名前自体を知らない人も随分いると思うので、まずNAVERへ来てもらうことから始まり、その次のステップはこのトップページでやることがすごくシンプルで分かりやすいということ、第3ステップは、NAVERの独壇場である、キーワードを入れるといろいろな情報が出てくる、ということが大切です。今はその第1ステップと第2ステップがまだ弱いと思います。
そのためには、成功体験、あるいは、ハッピー体験が必要です。NAVERにきて「ハッピーになった」「楽しかった」となるとまた来てくれます。NAVERに来て「よく分からなかった」「もういいや」だと困るわけです。だから、まず来てもらうことが大事なのですが、来てもらった体験をいかにハッピーなものにするかということは、コンテンツと見せ方の問題が大きいと思いますね。NAVERのサイトは写真が小さく左の方にあって文字が右に並んでおり、グラフィック的にはシンプルで美しいデザインにはなっていますが、ともするとそれがよく見ないと分からない危険性もあります。その点については、さらに改善出来る点かと思います。
さらに、NAVERの場合はリピーターよりもファーストカマー(初めてサイトを訪れた人)に対してどういう印象を与えるのかを特に重視した方がいいと思います。イニシャルユーザーが気に入ってくれればリピーターになってくれますから。とにかく、ファーストカマーが来たときに「何だこれ?」と思わせないことです。だからといって、GoogleやYahoo!を真似るのでは絶対にだめです。他社と同化しない基本コンセプトを持っていることはNAVERの貴重なポイントだと思うので、それを上手く活かしつつ改善していくということですね。
まず最初に、「フィールドワークによるユーザーニーズの調査を行うこと」。まだまだユーザーのニーズの把握が十分でない。しかし、だからといって従来のマーケット調査でやられていたような質問紙調査やフォーカスグループでは不十分です。やはり現場主義と当事者主義が大切なのです。その意味で、現場で当事者から話をうかがうフィールドワークが欠かせないのです。
次に、「トップページをシンプルに、分かりやすくすること」。これについては既に述べましたが、やりたいこと、見せたいことがたくさんあるのは分かります。しかし、それをすべて一度に出したのではだめです。ユーザーの期待感、ユーザーの認知的許容量などを考えつつ、ユーザーの認知的探索行動を支援してゆく、そして同時に感性的満足感を高めてゆくことが大切です。
最後に、「まとめのレイアウトやワーディングを改善すること」。じつは、正直に言うと、この「まとめ」についてはいまひとつなじめないでいるのです。なんでこういう仕掛けが必要なんだろう、それは僕にとってどういう意味を持つことになるだろう、・・そういう疑問に答えが見えてこないのです。研究やビジネスの分野では「情報の集約」は人によって違うし、またそれは重要な意味をもっていますから、それを公開し、他人からコメントをもらうという行為には意味が感じられるのですけどね。ついでに言うと「まとめ」という用語、いまひとつ日本語としてこなれていないように思います。




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